ラセック

レーシックの歴史

メガネのような外部的な矯正器具を使用しない視力回復方法については、1800年に入ってから世界中の眼科医によって研究されてきました。
そうした中で、乱視を治療する手段としてドイツの学者によって1869年に提唱されたのが、「屈折矯正手術」です。

1885年には、白内障術後の乱視に対して角膜切開による手術がノルウエーで行われました。
角膜への屈折矯正手術では、これが世界初の試みと言われています。
なお、角膜切開による近視の屈折矯正手術を世界で最初に行ったのは順天堂大学の佐藤 勉教授です。
しかし、当時は角膜の内皮細胞の存在が知られていなかったことから、時間の経過で角膜が白濁する「水抱性角膜症」が多数発生してしまいました。

世界で最初のレーシックは、1990年のほぼ同時期にギリシャのDr.Pallikaris (Ioannis G. Pallikaris)氏とイタリアのDr.Buratto (Lucio Buratto)氏の2人の眼科医によって開発された「マイクロケラトーム」というカンナのような刃物を使ってフラップを作る方法です。
その後、フラップを作る場合にマイクロケラトームではなくエキシマレーザー(Excited Dimer Laserの略称)で生体組織にヤケドを起こすことなく切開・切除できる医療用レーザーが開発されました。
アメリカでは1995年に食品医薬品局が、日本では2000年に厚生省(現・厚生労働省)がエキシマレーザーの使用認可を出してから、だれでもが現在のようなエキシマレーザーを使用したレーシックを受けられるようになっています。
しかし、歴史が10数年と浅いことや手術は視力回復の最終手段と考える人が圧倒的に多いことなどから、日本においては、視力回復の手段としてレーシックを選択する人は、それほど増加していないのが実態です。


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